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渡良瀬橋で見る夕日
森高千里の不朽の名作の舞台を訪ねる ----- 栃木県足利市




栃木県足利市。東京の浅草から東武特急の「りょうもう」で71分。まあ、そう書くとそれほど遠くはないのだけれど、小山と新前橋を結ぶJRの両毛線のそれぞれの始発駅から各30分以上もかかるわけで、ま、それと小山、前橋などの街と緯度がほぼ同じなのを考えると、私にとっては遠い場所である。もっとも今回は海浜幕張から船橋まで行き、東武野田線、東武伊勢崎線、東武佐野線を乗り継いで佐野まで行き、そこから両毛線で足利まで行ったので、2時間半もかかって足利の地に立ったということになる。関東とは思えないのだ。

何故そんなに苦労して足利に行ったかと言えば、佐野ラーメンが食べたくて、それで佐野に来て、ついでに寄ったのである。いや、本来はついでではなく、いつか本当に行ってみたかったのだ。それは足利学校や、栗田美術館(15年前に行ったことがある)や足利フラワーパークじゃなくて、渡良瀬橋を見に行きたかったのだ。

私は何を隠そう森高千里の「渡良瀬橋」(歌謡曲)のファンなのである。
(というより、渡良瀬川は私の琴線なのだ!)

http://mbaytown.hp.infoseek.co.jp/ibaragi/koga_03.htm

渡良瀬橋(Wikipedia)---森高が1993年に新曲をリリースする際、特にイメージが沸かず困っていた。森高は橋の詞を作ることにし、地図を広げたときに、「渡良瀬川」という文字が気に入った。森高は1989年に足利工業大学応援団のイベント(演舞披露会)である「定例リーダー公開祭」でライブを行ったこともあり、「わたらせ」という言葉ははじめて聞く言葉ではなかった。調べた結果、足利工業大学のある足利市内に、渡良瀬橋という橋があることが分かり、現地に向かい、橋(実際には渡良瀬橋隣接の歩道橋)を渡り、そのイメージを使って詞を書いた。

上がその渡良瀬橋から見た夕日の風景。いや、ごめん。ちょっと写真を加工(やや赤みをつけてみた)していて、実は夕刻とは言え、まだ夕焼けとは程遠い時刻である。方向はまさしく西のほうなので、あの名曲のさわりの部分、「渡良瀬橋から見る夕日」は、まさにあの小高い山の方角なのである。

右の写真はWikipediaの「渡良瀬橋」から拝借。おそらくこのアングルは中橋(後述)からの撮影だと思う。いやいや、実に素晴らしい写真だ。私は時間の関係で夕焼けの時刻まで居られなかったけれど、次回は是非とも夕焼けをこの目で見たいものである。

お、このページを作成しているときに「渡良瀬橋夕景」というキャッチーなページを見っけた。

http://www.ryomonet.co.jp/shiina/


ところで、この足利市の渡良瀬川の河川敷は、公園になっていて、別にその森高千里の曲がどうしたこうしたとは全く関係なく行ってみても、非常に良い場所である。渡良瀬川の左右に広がる街並み、そして小高い山々。非常に情緒溢れている。これなら作詞能力が無い私でも川原に立つだけで創作意欲が湧いてくる。ははは、湧くだけだが。

気になるのが歌に出てくる「八雲神社」、「床屋の角の公衆電話」。本来は橋の袂にある浅間神社でもいいような気もする。でもWikipedia(最近なんでもかんでもコレに頼っている)には渡良瀬橋から西に1kmほど行った足利公園に隣接した場所となっている。私は、たまたま地図で見つけた東武線の足利市駅の近くの八雲神社を私はこの歌の現地だと解釈して写真だけ撮っておいた。一応このページの下のほうに載せた。該当する公衆電話も色々な人のホームページに写真が出ている。次回行くことがあれば、是非そちらにも寄りたい。





渡良瀬橋

独特の形状をしている。向こう側(西側)に歩道があり、自転車で楽々通行できる。

個人的には東側にある中橋の形状のほうが好きだ。

渡良瀬川の流れは結構急だ。水は透き通っていた。


北側から見た渡良瀬橋

ご覧の通り風光明媚。京都の渡月橋を大型にして近代的にしたような感じにも見えなくもない。向こうの山のふもとに神社があり、それが歌に出てくる八雲神社かと思ったが、実は女浅間神社だった。


「渡良瀬橋」歌碑

たいしたもんだ。こういうものがあるとは思いもしなかった。2007年に出来たばかりなので、まだ新しい。

歌碑って、「荒城の月」とか、ま、新しいところで例の川内氏作詞の「おふくろさん」とか、その手(どんな手だ?)のものしかないと思ってたけれど、それだけこの曲が地元の人々に愛されているってことだわな。


中橋

こちらも味のある橋。夜はライトアップされているようだ。この写真は渡良瀬橋の袂から撮影。左側がJRの足利駅や足利学校のある方面。川を渡った右側に東武伊勢崎線の足利市駅がある。


東武線のホームから見た中橋

帰るときに見た中橋と、その向こうに広がる足利の街並み。滞在時間は短かったけれど、とても名残惜しい。また時間のあるときにゆっくりと歩いてみたいものだ。それと、足利学校にも立ち寄ってみたい。今回は休館日だった。


八雲神社

東武線の足利市駅の近くにある。住宅街の裏手にひっそりとした佇まい。あの歌の雰囲気にぴったりだと思うんだけれどなあ。まあ、ワタシ的にはここだということで良しとしておこう。


気のせいか、また時間帯がたまたまそうであったのか、渡良瀬橋と中橋を渡る女子高生が多かった。そうだ、よくよく考えてみても男子学生はあまり見かけなかった。足利はひょっとして女の子が多いのかもしれない。

右は楽しそうにおしゃべりをしながら自転車に乗る女子高生たち。中橋で。
この後、私にピースサインを出してくれて、お、いい感じのシャッターチャンス!と思ったら、カメラの電池がちょうど切れた。残念。

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2008年9月17日 Zaki



*   *   *



{追記]

このページをアップロードしたその数日後、
まさに、いいタイミングで以下のようなニュースがあった。


公衆電話の撤去延期…森高さんのヒット曲に登場
9月24日19時13分配信 毎日新聞

<雑記帳>公衆電話の撤去延期…森高さんのヒット曲に登場

撤去の対象だが要望で延期された電話ボックス=栃木県足利市で2008年9月11日、古賀三男撮影

 歌手・森高千里さんのヒット曲「渡良瀬橋」に登場する栃木県足利市を流れる渡良瀬川近くの公衆電話の撤去が、市側の要望で延期されている。

 男女の出会いと別れを叙情的に歌い上げた曲で、公衆電話は「床屋の角にポツンとある」と歌詞に登場するが、利用者の減少でNTT東日本が2年前から撤去対象としていた。しかし、写真撮影に訪れるファンの存在や近くに歌碑があることなどから、同市などが撤去中止を要望していた。

 日本最古の学校「足利学校」の世界遺産登録を目指す同市は、公衆電話も「昭和の遺産」として人々の記憶に長く登録されてほしい、と願っている。【古賀三男】

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これもついで、あれもついで・・・

例えば600円のラーメンを食べにお金かけて、時間かけて、わざわざ出かけてゆく。そういうのってめちゃくちゃかっこいい。でも、私は貧乏人だから、ついでに、じゃ、ここも、あそこも、って色々寄り道してしまう。今回の渡良瀬橋訪問にしたって、佐野ラーメンを食べようと決意し、でも、ついでだからってんでJR両毛線で2つめの足利に寄ったまで。しかも、前日にはついでのほうも決めていた。(笑)

ブログ「しばざ記」
ついでに見てね。

2008/9/18 Zaki
 


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