自分には、ふるさとや田舎が無い。帰れば温かい笑顔で迎えてくれる実家はあるが、東京/千葉市育ちの自分にとっては、「ふるさと」というイメージではない。しかし、家内の郷里は房総半島南端の千倉。「南房総国定公園」のまっただ中に位置する、海と田畑と花に囲まれた、暖かい南国の街だ。
東京や千葉から意外に近い(混まなければ車で2時間ぐらい)ということもあり、結婚後は何度も何度も帰省している。千倉までの道中、房州の名峰・伊予ヶ岳や鋸山に登ったり、美味しい店を見つけて散策したり、美しい海で昼寝したりと、内房ルートからでも外房ルートからでも、はたまた山中ルートからでも、道中も楽しいことが帰省をさらに愉しいものにしてくれる。カミさんの実家に着けば、実家の畑で手作りされた新鮮な野菜や、隣に住む漁師さんからのお裾分けの新鮮な魚介類を義母に料理してもらいながら、インターネットもBSも電子楽器も無い中で、ノンビリとした時間を過ごすのが大好きだ。タタミの部屋でアコギを弾いたり、釣りをしたり、自転車で林道を走ったりと、極めてスローで充実した時間を過ごすことができる。
この週末は仕事の予定だったが、千倉のワインバーで「ワイン会」を開催するという知らせを聞き、強行軍で帰省した。極度の過疎が進み、春先の花と夏の海水浴シーズン以外では人通りも無かった千倉の街だが、ここ数年は様相が違ってきたようだ。千倉の街を愛する若い世代のアーティストや飲食店の経営者がコミュニティを作り、街の活性化のために奔走している。そのおかげか、街にはセンスのいいカフェや飲食店、アートなコミュニティが生まれ、大きな新しいウェーブになろうとしている。ともすれば地元民から「よそ者」と訝しげな視線を浴びるかもしれないのだが、千倉の人々はそうしたIターン者に対しても、寛容で温かいところが素晴らしいところ。
今回の帰省でも、ワイン会には色々な立場から千倉を愛する人々が集まった。珍しいワインとマスター手作りの料理をたっぷりと堪能し、天の川を見ながらカミさんとビーチ沿いの道を千鳥足で歩いて実家に帰り、コオロギやマツムシの大合唱を聞きながら就寝。翌日は早起きして、昨日干しておいたアジの開きと畑でもいできたオクラやトマトで朝食。その後は、千倉駅から小高い丘の上を通り、魚港へ出て街のオシャレなカフェで一息つき、キリギリスの鳴くビーチを歩いて向こう側の街まで散歩。行く先々で色々な人と話したり、声を掛けられたりしながら、この街で知り合いを増やしていく。約3時間の道のりだが、ゆっくり流れる時間のせいで、本当にノンビリした気分が味わえる。
2,3年前、神経を病んだ時には、都会の喧噪から抜け出してこの街に住み、もっと人間的なリズムで生活したいと思ったこともあった。しかし、その考えは現実逃避でしかない事に気付いた。今ここに住む人達、Iターンで移住してきた人達は、強固な理念としっかりした生活プランを持っている。だかこそ、普通に考えると海と田畑以外には何も無いこの街が、より魅力的に見えるのだろう。日曜の帰りの車の中で、また近いうちに来ようと心に決めていた。 |