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ベイタウン旅行倶楽部

雀神社(2001/7/25 撮影)

再び古河へ
2001年7月25日 仕事のついでに立ち寄る

早朝、後輩の仕事の支援として、水戸まで行くことになった。幕張から一旦都内に入り、首都高から常磐道、そしてサービスエリアで待ち合せという段取りだった。午前中で仕事は終わり、水戸郊外のファミレスで後輩と一緒に昼食を取り、彼とそこで別れた。その日の予定は、夕刻に大宮の客先で打合せ。まだまだ時間はある。距離はあるが、下妻の知人の会社に顔を出してみようと思った。土浦北まで高速を上り、筑波山を右に見ながら、国道を走る。だらだら走るが、信号も少なく、意外に早く着いた。

下妻は滅多に行かない土地だけど、この周辺にも顔を出している後輩の営業マンから聞いた通り、近辺にまったく高速道路が無いのには驚いた。道が混んでいたら、どこに行くにも時間がかかってしまう。知人の会社には簡単な挨拶だけして、大宮へ向かうわけだけど、さて、どのルートを通れば最短なのか、地図と睨めっこ。残念ながら営業者にはナビはついていない。

結局、古河を通って、4号線を上り、16号に出たら西へ行くような感じのルートを想定した。まだ時間はある。少し古河にも寄ってゆこうと思った。今年(2001年)3月31日に、雨中の桃まつりに来て以来約4ヶ月。やはり滅多に行く街ではないので、せっかくだから、時間の許す限り歩き回ってみたい。何故、古河を歩きたいか、というのは、「古河の桃まつりのページ」に書いた。

結局、古河に着いてからはそれほど時間が無くなってしまって、ざざっとしか見て歩けなかったが、とりあえず、3つのポイントだけ見た。ひとつは幼少の頃住んでいた旭町の辺り、もうひとつは大ケヤキ(小蓋宮の大けやき)、そして雀神社である。雀神社は、子どもの時の記憶は殆ど無くなっているが、両親がたまに話題に出していたことを急に思い出し、それで行こうと思ったのだ。地元ではお雀さんと呼んでいる。

左:何の変哲も無いどぶ川だけど、その昔、私がザリガニを獲った川なのである。
右:私が住んでいた旭町の辺り。第三小学校の前。


左:やはり旭町。この右側の塀の家は、巨人軍で活躍中の仁志選手の実家なのだ。
右:十三軒通りに面したモスバーガー。手前は麦畑。数十年前から麦畑であることに、ある種の感慨が。


小蓋宮の大ケヤキ。前回、古河に来たときも、そのずっとずっと前に古河に来たときも、ここに来たときには必ず寄る、私の心の故郷。

左:雀神社の大ケヤキ。夫婦株だったが、落雷(たぶん)で、ひとつになってしまった。
右:雀神社の裏側の渡良瀬川の土手に立つ万葉歌碑。


渡良瀬川の土手。左側はゴルフ場になっていて、実際の川はかなり遠い。左前方は渡良瀬遊水地になっていて、ずっと遠くまで視界が開けている。冬場にはここから日光連山などが見える。右側の森は雀神社。

古河へはそれから1年後くらい(たぶん2002年)に行った。夜、館林ICのほうから渡良瀬遊水地沿いにクルマを走らせ、新古河から三国橋を渡り古河へ。それからは行ってない。つまり5年間は行っていない。そろそろまた行きたくなってきた。是非、冬に行き、渡良瀬遊水地越しに男体山を眺めてみたいものだ。

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2001/7/25
(2003/4/16 著 --- 2007/10/8 再編集 Zaki)



Zakiさんについて

たぶんものすごく寂しがりやだと自分では思うのですよ。大勢でいても、いつも孤独感を感じる。だから旅に出る。もちろん一人旅。だから、自分の写真が無い。写っているのは風景だけ。でも、それらの写真を見れば、そのとき自分がどんな心理状態だったかつぶさに思い出す。かっこよく言えば、心象風景なのです。

一応、ベイタウン中年バンドというロック中心の音楽サークルの代表やってます。あと、俺達のホームページのスタッフです。仕事は適当に、あとはひたすら面白いもの探して歩いてます。最近凝っているのは、野菜炒め。キャベツのしゃきしゃきっとした感覚がたまりません。
 
古河の桃まつり]  [再び古河へ]  [20年ぶりの古河へ


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