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[房総半島を歩く
流山電鉄で、終点の流山に
夕方からの観光旅行(その2) このページは、しばざ記から転用しました。






「夕方からの観光旅行」って、ややもすると、ちょっとお色気のある界隈へ繰り出すようなイメージもあるかもしれない。さにあらず。最近の私はご存知の通り、きわめて品行方正、小松方正なのである。ま、つまりどこにでも観光スポット、あるいは観光スポットになり得る場所があるわけだから、気軽に、そう、例えば休日じゃなくても、会社の近くのちょっとした場所を観光地に見立てて、ミニミニ旅行でもしましょう、ってことである。

その辺りのことは、当ベイタウン旅行倶楽部が以前から提唱している「近場の旅行」のコンセプトに加えて、更に、「夕方からの」という時間の無い貴方にもぴったりの企画なのである。仕事が早く終わったら、たまには、そういう感じで、ぶらりと観光旅行を味わってほしいのである。虎ノ門勤務の人は愛宕山のNHK放送記念館まで行くだけでも観光旅行になるのです。(って、NEさん、わかるよね。)

新松戸は、私のよく行く場所だ。流山電鉄(正確には総武流山電鉄という)がJR新松戸駅の近くを走っている。いわゆるローカル線である。今まで遠くから眺めているだけで、近寄ったこともない。しかし、急に乗ってみたくなってきた。それと、流山って、通過したことは何度かあるけど、中心街を歩いたことはないので、行ってみたくなった。新撰組のゆかりの地でもある。11月20日、たまたま息子が早帰り。あまり気乗りしない息子を誘って、まさに夕方から流山を目指した。

常磐線や武蔵野線を通勤で使っている人の仕事の帰りであれば、楽勝。西船橋を経由して通勤している方もまあOK。東京とベイタウンを往復する人にとっては路線が異なるから、わざわざという感じにもなる。だけど、今回は自宅から行った。京葉線、武蔵野線で新松戸まで。武蔵野線直通だと、海浜幕張から新松戸までの所要時間は30分程度。今回は南船橋で乗り換えたものの、待ち時間が少なくて、楽々新松戸に到着した。海浜幕張駅から新松戸までの乗車料金は450円。

新松戸から流山電鉄の幸谷駅までは徒歩2〜3分。つまりあっと言う間です。この駅の特徴はマンションというか、団地というか、とにかく集合住宅の一階部分がホームになっている。あくまでも駅舎とか、駅ビルという感じではなく、店子のような感じの駅なのである。ちょっと面白い。幸谷駅から終点の流山駅は4つ目。この路線は全部で6つしか駅がないのだ。料金は160円。


上左:JR新松戸駅改札。   上右:流山電鉄の幸谷駅。向かって正面が流山方面である。
下左:幸谷駅の自動券売機。2基ある。  下右:券売機の上に貼ってある路線図。シンプルだ。


乗った電車は車体が黄色の「なのはな号」。西武線のお古らしい。他には「青空号」という濃紺をベースにした車輌もある。幸谷から流山までは僅か4駅とはいえ、ゆったりと椅子に座れた。次の駅の小金城趾で、逆方向の電車とすれ違う。ちょうどその辺りで日没か。急に辺りが薄暗くなってきた。

もっと乗っていたいと思う間もなく、流山に到着。駅はノスタルジックな雰囲気があって、私好み。「関東の駅100選」というのに入っているらしいが、私は詳しくない。最近、小湊鉄道といい、こういったローカル路線に凝りだしているのかも。

駅には他の3車輌が停車していた。終点の駅の雰囲気もあるし、上から2番目の写真(電車の写っているやつ)にもあるように(といってもわかりにくいけど)、だるまストーブの煙突のように、T字になっている丸いブリキの煙突があって、まるで雪国の雰囲気も醸し出している。浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽ屋)」も連想した。駅舎から高倉健が演じる駅長さんが現れるような気がした。

どんどん周辺が暗くなってゆく。駅頭で新撰組・近藤勇の陣屋跡への行き方をチェックして、その場所へ急いだ。


上左:オレンジの車輌と、水色の車輌。いずれも名前がついている。  上右:流山駅の外観。
下左:暮れなずむ流山駅前の道路。  下右:民家だかアパートに、手書きの案内が。

普通、駅を中心として街は栄えてゆくし、人々は駅を相当意識している筈なのだけど、流山駅の場合、なんか、そういう感じじゃない。駅前だからといって、それっぽい商店街があるわけでないし、駅への人通りも無かった。平日の夕刻5時頃だと、そんなものなのだろうか。

近藤勇の陣屋跡はすぐだった。5分も歩いただろうか。え、こんな場所に、ってくらい普通の住宅街の中にあった。大きなお寺の境内が隣接している。ちょうと立ち話していたおばちゃんが、息子に向かって、「いいね、お父さんと一緒で。」と声を掛けてきた。息子は「はい。」とだけ返事していた。照れている。もっとマシなことが言えないのかと思ったけど、大人の私だって、いきなり声を掛けられると躊躇してしまう。


左:近藤勇陣屋跡の石碑。
右:これが本当の井戸端会議。この井戸はまだ現役だそうです。


左:中央の黒い瓦屋根だけ見えているのがその陣屋跡の蔵。
右:塀の中には申し訳なさそうに「誠」の文字が。


陣屋跡は、歴史的には非常に大事な場所だし、新撰組ファン(結構多いのだ!)にとっても近藤勇がここで捕らえられたわけだから(実際は自首する)、深いものがある。そういう背景をきちんとわきまえて訪れる分にはとても意義がある。単なる観光目的で行くと、あまりにも質素な場所なので、あっけにとられるかもしれない。土産物屋すらないのである。誠饅頭とか売っていてもおかしくないのに。(笑)

流山と新撰組」 ←クリック
お時間があれば、こちら(上)のページにもお立ち寄りください。

再び流山駅に戻ったら、もう辺りは暗くなっていた。冒頭の写真はそのときのもの。


上:流山駅すぐ近くの歩道橋。流山駅の東口からはこの歩道橋を渡り、駅に行くのだ。


流山の滞在、僅かに10分。これじゃ、なんとなく物足りないので、少し散歩することにした。江戸川まで歩いても良いが、普段あまり触れることのない流山電鉄沿いに歩いてみることにした。右は来るときの車内に張ってあった所要時間一覧表。これを見ると、流山のお隣の駅までは1分である。更にその先の鰭ヶ崎までは3分である。なんだ、結構近いじゃん!

線路に沿って歩く。まずは陸橋を渡る。上の写真がその陸橋の上から線路を眺めたところ。ちょうど電車が入ってきたところ。私と息子は、この写真の左手の道を線路に沿って下った。すると、本当にあっけなく次の駅の平和台に到着した。


左:流山駅の東口からホームを見下ろす。なのはな号が停車中。そして、すぐに発車。
右:平和台駅の外観。目の前にイトーヨーカ堂がある。



左:5時10分くらいなのに、こんなに真っ暗。
 平和台駅ホーム。単線の片側だけのホーム。帰宅するビジネスマンの姿も。
右:流山行きの電車が来た。案外頻繁に走っている。これは青空号。


段々気温が低くなってきた。イトーヨーカ堂に寄り、トイレ休憩。まだ夕食には早いので、自販機で飲み物を買い、喉を潤す。それにしても、流山から平和台は本当にあっけなく歩けてしまうので、もう一駅歩いてみようと息子に言った。息子もやる気十分。すぐに歩き始めた。住宅街を線路に平行して歩くのだが、途中で線路とどんどん離れていってしまったので、軌道修正。この駅間は線路沿いの道が途切れていて、大幅に迂回するし、起伏もあるので、少しくたびれた。20分以上は歩いたのではないか。軽い疲労感で次の鰭ヶ崎駅に到着。


上が鰭ヶ崎駅。平和台駅方向から眺めたところ。やはり片側のホームだけの駅だ。

平和台駅から鰭ヶ崎駅の間は、途中、ちょっと寂しいところを歩いたので、鰭ヶ崎駅の周辺はずいぶん都会っぽく見えた。体も冷えた。すると、駅前に大きく今川焼きの看板が出ている和菓子屋さんがあったので、アツアツの今川焼きを期待して、店に入った。入り口にも、そして店内にも値段を書いた紙がべたべた貼ってある。ユニークというのを通り越している。


左:店の外観。伊勢屋という名称だが、果たしてあの伊勢屋と同じチェーンなのだろうか。
右:店内。ご覧のように、いたるところに看板がある。
 また、今写真を写しているところの僅か一畳分くらいしか客が移動できるスペースは無い。


今川焼きを注文したところ、3個しかないというので、全部貰った。1つは妻へのお土産。アツアツなところをがぶりと、と、思ったのだが、凄くぬるかった。もう既に火を落としているからかもしれない。食べながら、せんべいでも買おうかと思って、見ていると、店のおばちゃんが話しかけてきた。

「電車の写真を撮りに来たのですか?」とおばちゃん。

ま、そういうこと、と軽く答えた筈なのに、いつしか、会話に熱が入ってきて、おばちゃんは色々な写真を持って、私に説明し始めた。どうもテレビだのラジオだの、色々なメディアに店が紹介されたことを得意気に語っているのだ。すると、今度はおじちゃんが喋りはじめた。餅のこね方を、聞いてもいないのに説明し始めたのだ。なんでも餅をつかせたら日本で一、二を競うくらい凄いのだそうだ。おじちゃんが喋れば、おばちゃんが図解で更に説明し出す。

私が1つ話したり、質問したりすると10個くらい答えが返ってくるというペースで約30分間も話を聞いてしまった。なかなか終わりがない。しかも、エンドレステープみたいに話しが循環し始めた。おじちゃんの戦争体験談も飛び出した。機銃により銃弾を4500発も食らったけど、偉い先生のお陰で生き返ったこととか、自分を救ってくれた靖国の英霊の為に今もこうして餅をこねているという話など、凄いのなんのって。

おじちゃんと書いているが、実は来年90歳。つまり現在は89歳だという。腰は曲がっていても元気、元気。とても、おじいちゃんとは言えない。


上左:この人がおじちゃん。色艶もいいし、89歳には見えない。  上右:今川焼き。1つ70円。
下左:おばちゃんが手にしているのは舞の海が店に来たときの記念写真。下右も同様。


それにしても、4500発は凄い。まあ、それも凄いけど、80キログラムの杵が1分間に70回降りてくる餅つき器の餅を手で返すという技を以前はやっていたらしい。そういうことを出来るのは、日本には二人しかいないらしい。1分間に70回といえば、1秒よりも短いわけで、へたをすると手が粉砕されてしまうのだ。おそろしい。

さて、散々面白い(?)お話しを聞くことが出来たので、そろそろ帰ろうと思ったのだが、なかなか話の切れ目がない。「じゃあ、おじちゃん、どうもありがとう!」と何度か言い、帰る素振りをしているのに、また話が戻ってしまったりした。いよいよ、意を決し、「じゃあ、本当に帰ります。」というと、おばちゃんが「あ、それじゃ、これ読んでいって!」と、右の(写真の)看板を差し出した。

そこには先ほどのおじちゃんの話に出てきた餅つきの話がそのまま書いてあった。でも、読まないわけにはいかないので、少しジェスチャーを交えて大げさに読むふりをしたら、「ほらさっき言ったことが書いてあるでしょ?」と、おじちゃんが得意気に言う。ほら、俺の言ったことが書いてあるだろ?凄いだろ?という感じなのだ。あれ?これって、おじちゃんが書いたんじゃないの?ちょっとわけわかんなくなった。息子が笑いをこらえている。

でも、ま、いいか。また来るね、と言って私たち親子はやっと解放された人質のごとく外に出て深呼吸した。息子は「あのおじいちゃん、自画自賛だったね。」と噴き出していた。息子がそんな難しい言葉を使えるのが驚き。成長したもんだ。ま、でもその通り。子どもは正直だ。

すっかり遅くなってしまった。おじちゃん、おばちゃん、いつまでもお元気で。


上下段とも:鰭ヶ崎駅にて。

鰭ヶ崎から馬橋駅行の青空号に乗る。乗客は少ない。息子がさっきのお店のおじちゃんとおばちゃんのことでか、思い出し笑いをしている。なかなか「帰る」と切り出せない私のことも滑稽に見えたのだという。息子よ、君も大きくなれば、こういう苦労(ある意味おもしろさ)も分かるのである。

と、思いつつも、私もついついにんまりしてしまった。


左:馬橋行きの車内。1車輌20人も満たない乗客。  右:幸谷駅。ここで下車。

幸谷で降車し、新松戸の駅前のマクドナルドで軽く夕食。息子はマックが大好きで、外出するといつもマックをせがむ。私は外食だからこそ、もっと旨いもの食べるように促すのだが、どうもマックが一番のご馳走らしい。その後、武蔵野線で、南船橋、海浜幕張と乗り継いでベイタウンに戻ってきた。帰宅は8時半。平日の、しかも夕方からの観光旅行はは楽しく終わった。かばんの中には、例のおじちゃんのところで買った今川焼きが1個。土産話とともに、息子から母へ手渡されていた。


2007/11/21
Zaki



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