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宗吾参道から義民ロードへ
宗吾参道駅から宗吾霊堂、甚兵衛そばを食べて義民ロードを歩く
   
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宗吾霊堂は、京成宗吾参道という駅で降りる。
この前、勝田台までは行った。
でもその先の京成線に乗ったのは久々。

まずは佐倉行の普通電車で、佐倉まで行き、そこから特急に乗り換える。
佐倉の駅のホームで乗り継ぎの電車を待つなんて初めてのことだ。



こんなレトロな水飲みがある。

うーむ。
だがしかし、ここで水を飲みたくないな。
なんとなく。



佐倉までも、印旛沼が観えたり、時々田舎の景色が車窓に広がって、びっくらこいてしまうのだけど、佐倉を過ぎると田舎度が増して、大佐倉なんて、目を疑ってしまうくらい田舎チック。そして、この(上の景色)、いよいよ、宗吾参道の駅に近づく辺り。なんて、すげえ田舎なんだろうか。



そして、到着。

な、なんだ、この田舎の雰囲気は。
登山にやってきたんとちゃうで!!!(笑)


しかも、比較的たくさんの乗客がいたのにも関わらず、同駅で降りたのは私を含む3人だけだった。

てっきり、土曜日なので、参拝客で賑わっているんじゃないかと思ったのだ。



そして、な、な、なんと、駅前はこんな景色だよ。
すげーーーーーーっ、田舎ーーーーーーっ!!!!!


これから行く宗吾霊堂の反対側の道。

そして、宗吾霊堂への道はというと・・・。



こういう感じっす。
舗装はされているけれど、なだらかだけど、実はだらだらと上り坂が続いているのだ。



少し歩くと、山門がある。
右カーブしながら、更に登り続ける。

結構、いい運動。(笑)


登り切ったところがT字路になっていて、それを右に曲がる。
昔ながらの街道筋に出る。

そこまで行くと道は平たんで、ほどなく、霊堂が見えてくる。



正面が宗吾霊堂。

それにしても、ここまで歩いてきたのに、すれ違った人って、僅か数人。
先日の木更津じゃないけれど、みんなどこに行ってしまったんだ。

きっと、同時刻の成田山新勝寺なんて、凄い人出だと思うんだけどなあ。

それと、てっきり参道だからもっと賑やかだと思いきや、殆ど店が無い。
そんなものなのかなあ。

とにかく午後2時を少し回ったところで、宗吾霊堂に到着なのである。

続く

2013.11.30

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宗吾霊堂(東勝寺)


というわけで、やってきました宗吾霊堂へ。
午後2時少し過ぎたかな。

普通、そのくらいの時刻が観光地ってピークのような気がするんだけど、しかし、上の写真の入口から、仁王門までの約50mに参拝客はわずか5人。

どうも、境内も人の気配はあまり漂ってない。

いや、いいんだ。
そっちのほうがいいのだ。

私は、成田山のような賑やかさを求めてここに来ているのではない。
むしろ、静寂を楽しみたいのだ。



仲見世に当るお店が5軒。
しかし、営業している店は2軒だけだった。

ちょっと寂しい。

それに人がいないと、冷かしてゆくのも勇気が要る。

なので、わき目も振らず仁王門へと急ぐ。



立派な仁王門。
こどものときの記憶がまったく無い。
まるで、初めて来たのと変わらない。



まずは手を洗って・・・



佐倉惣五郎の墓は割合入口に近いところにある。
というか、仁王門までの途中にあって、あれっという感じ。
いきなり登場するといったところか。

立派なお墓だ。



鐘楼。
小さいけれど、趣のある池。



本堂。
立派な建物だ。

ひっそりとしているけれど、圧倒的な大きさに驚く。
人物が手前にいるけれど、対比してみるとその大きさに驚く。



ここが古くから義民として崇められた宗吾を祭る霊堂なのだ。

Wikiなどによると、宗吾、即ち佐倉惣五郎は実在の人物ではあるが、将軍に直訴した記録は残っていないそうだ。まあ、そう言っちゃうとがっかりするけれど、でも、あれだけの大衆の信仰を集めているし、まったくの出鱈目だったら地域には根付かないので、きっとそれに近いことがあったのだろう。

ただ、宗吾のその騒動があって藩主が改易されたというのは直接の結びつきは無いようだ。


そういえば、今の時代にも天皇に直訴した奴がいたな。直訴しなくても、まともに物が言えない明治時代じゃないんだから、国会の場できちんとそれを言えや。ったく、宗吾にしても、田中正造翁にしても、命を懸けていたのだ。園遊会でのあの失態とは全然違うんだよ、ぼけっ。

ま、その後、謝罪もしてるし、悪気があったわけじゃないから、ま、許してあげよう。

おっと、余計なことを書いてしまった。



反対側から。

お賽銭は、申し訳ないけれど、10円だけ。
超緊縮財政につき。(汗)



同じく本堂から仁王門を観たところ。
参詣客は、この頃がピークで、それ以降は境内には私と数人だけだった。



他にも立派な建物がたくさんあるのだが、一旦境内の外に出ることに。

何故かと言えば、実は門前のそば屋が気になっていたのだ。
その類の店って、すぐ閉まっちゃうんだよね。

門に近いところにある”甚兵衛そば”、それと、少し離れたところに”三はし”という2軒のそば処がある。私は、近くて、大きな甚兵衛そばにした。

甚兵衛とは印旛沼に架かる甚兵衛渡しというところから由来している。
甚兵衛渡しは、その宗吾の芝居やら浪曲にも登場してくるようだ。

2013.11.30 続く

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甚兵衛そば


宗吾霊堂の正面入り口のはす向かいにあるそば屋。
割合大きな建物である。
この交差点は意外に交通量が多いので、気を付けて信号を渡る。



どことなく高級感も漂う。



店内はこんな感じ。
実は、左手奥のほうに、広がっているのだけれどそれ以上カメラを振ると、ほかのお客さんが写ってしまうので、撮影はやめた。

2時半ということもあって、お客さんは、私以外に3組の老夫婦だけだった。



メニュー。
おお、結構お安いっすね。

甚兵衛そば、450円を注文した。

これから、たくさん歩こうと思っているので、お酒はやめた。



約10分で登場の甚兵衛そば。

甚兵衛の渡しに因んだ舟形の蒸篭だ。
おお、海苔が載ってるね。
「の〜りの〜り乗り換える〜〜。」というテレビCFが浮かんでくる。(笑)

いやいや、海苔が載っているということはいわゆる”ざるそば”なわけで、都内の普通のそば屋ならば600円コースだよね。

この金額は、ちょー、嬉しい。



そばはそうですね、まあまあ、ってところかな。
ちょっと柔らか目ですね。
美味しいけれど、惜しいという感じ。

あ、でも、450円で、雰囲気も楽しめるし、ワタシ的には☆☆☆です。
堺正章風に言えば、「ほし、みっつですぅ!!!」ちゅうところだろうか。

つゆはやや甘目。
濃すぎず、薄すぎず。



BGMはかかってなく。
他のテーブルから静かにそばをすする音だけが聴こえてくる。

うーむ。
こういう雰囲気でそばを食べるのもいいね。


食べ終わり、店を出ようとしたところ、一人の70歳くらいの女性が大女将を呼んでほしいと店員さんに話しかけて、その後、感動の対面をしていた。
「10年ぶりですね。実は今年主人が亡くなりまして・・・。」という会話を聞きながら店を後にする。なんだか私までうるうるしていた。

さてっと、いよいよ義民ロードを歩くのだ。

2013.11.30

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義民ロードを歩く


甚兵衛そばを食べた後、再び、境内へ。
上は、大本坊。
この建物も味があるね。



こちらは薬師堂。
この屋根の色を観ると、幕張の子守神社を思い出す。
もちろん、ひと昔前の社殿だ。



本堂の裏手(北側)へ。
向こうの建物は霊宝殿。
いわゆる宝物殿だな。

いちょうの黄色が綺麗。



本堂の裏側に大黒天が祀られていた。



奥之院。
この右側から一般道に出るとそこが義民ロード。北西方向へ道が延びている。



右側は小学校や住宅、左側は山。
そんな風景を眺めつつ、少しずつ、高度を下げてゆく。



柿もなっていて、こんな風景を眺めながらとぼとぼ歩くのが楽しい。

ちょうど小学校の終わりの時刻なのか、こども達にたくさん会った。
こども達は、大きな声で、「こんにちは!」と言ってくれる。
気持ちがいい。



いい感じの谷津田もある。
この辺り、こういう地形が多い。
地形マニアにはたまらないね。



坂道を下りきったところにあった庭木。
この近くにミニストップ(コンビニ)があって、水分補給に寄る。
ついでに、チーズ肉まんをひとつ買って、店内で食べる。

やはり、ざるそば1枚だけでは私の胃袋は満たされてなかったようだ。
しょうがないね。
肉まん、うまかったらいいけどね。



ミニストップの前のお地蔵様。
田んぼの中の一本の木。
こういう景色が残っているのが嬉しい。・
実は、この一帯の田園風景の北側は、成田駅から延びている新興住宅地になっていて、その開発の波が押し寄せてきている。

この一帯は開発されてほしくない。
そういう気持ちは旅行者のエゴだろうか。



やはりミニストップの近くを流れる川。
向こう側に印旛沼があり、そこに向かって水は流れている。

こどもの頃遊んだどぶ川を思い出すな。



北側の住宅地に巨大な給水塔だ。
今度時間のあるときに近くまで行ってみたい。


この後、右手に田んぼを観ながら、左に森を観ながらののんびりの歩き。
楽しい。
仕事のことなんてこれっぽっちも考えず、田舎歩きを楽しんだ。

しかし、帰りのことを考えると、ちょっとぞくっとしてしまうかも。
軽く足が痛くなってくる。



麻賀多神社。
宗吾霊堂から1.9kmとなっているので、宗吾参道の駅から、2.9km歩いたことになる。
深い森の中にある立派な神社だ。



社殿。
斜めに入ってくる夕日で明るいけれど、逆に日中は暗いと思うほど豊な杜の中にある。



麻賀多神社の隣にあるだるま寿司。
雰囲気があるね。
でも、なぜ、こんなところに、ぽつんとあるのかわからない。



惣五郎生家の前の路。
こういう景色もこども頃、見たなあ。
(具体的に言えば、木更津市の祥雲寺山の辺りかな?)

郷愁を感じずにはいられない。



宗吾の生家。
現在は、子孫が管理されている。



宗吾宅の敷地内にある井戸。

謂われは以下の立札に・・・。



惣五郎が妻子との袂別の水杯に用いた井戸だということだ。



近くのいろはモミジ。
綺麗だ。

さて、ここで、引き返す。
ひたすら宗吾参道駅まで行くのだ。

往復約7kmくらいかな。


帰路は、ペースを上げた。
この後の予定が詰まっているのだ。



こんな柿がなっているのを横目で観ながら歩くのだ。
楽しくないわけがない。



何の実だろう。



再びミニストップのところまで戻ってきた。
正面の小高い丘の上に立つタワーが気になる。
何の為にあるのだろう。
ご存知の方は教えてちょ。



そして谷津田。
夕日に紅葉がますます赤味を強める。


ところで、このページ、物凄い写真の数でしょ?
それはですね、右手にずっとカメラを持ちながら歩いているのである。
だから撮りまくり。(笑)

それでも歩きながら、色々なことを考えた。
自分との対話を楽しむ。

うまく表現できないけれど、何かを確実に悟ったような気がした。



鉄砲漬けの鷹匠本店。宗吾店。
後ろが工場になっている。

こういう場所で働きたいな。
従業員募集してないかしらん。俺を雇ってぇ。

宗吾霊堂はこの先、すぐのところ。。



宗吾霊堂の塀。



宗吾霊堂をちらっと眺める。
もう誰もいない。

土産屋のおばさんが閉店の準備をしていた。



いい感じの衣料品店。



やっと戻ってきた。

正面に京成線の踏切。



京成宗吾参道駅。
この階段を登ると改札がある。

夕日がちょうど沈む時だ。



そういうわけで、宗吾霊堂と義民ロードの短い旅は終わりを告げた。
急いで幕張に戻らなくては。



お、電車が来た、来た。

それじゃまた。

2013.11.30


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