「俺たち2」管理人による戯言
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筆者は幕張ベイタウン在住のおやじ。結構、歳いってます。はい。
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- 訃報 - ジミー竹内氏が逝去
2009年12月29日 午前0:00
日本が誇る偉大なドラマー ジミー竹内が永眠されました。 享年79歳


ジミー竹内氏(じみー・たけうち、本名・竹内和三郎=たけうち・わさぶろう=ジャズドラマー)29日、肺炎のため死去。79歳。告別式は、来年1月5日午前10時半、東京都杉並区高円寺南2の2の2のコムウェルホール高円寺。喪主は妻の芳子さん。

戦後の日本ジャズ界を支えたドラマーの1人。進駐軍のベースキャンプで、14歳にしてプロデュー。ロカビリーブームでは、日劇のスタープレイヤーであり、その後、歌謡界、ポップス界、ジャズ界とジャンルを越えた人気ドラマーとなる。

「原信夫とシャープス&フラッツ」の初代ドラマーや、松本英彦コンボ、世良譲トリオなどに参加。ザ・ピーナッツ、弘田美枝子、伊藤ゆかり、柴田はつみなどの日本歌謡界を代表するシンガーとの共演や、テディ・ウィンルソンなどの海外のプレーヤーとも数多く共演。自身のグループ「セブンスターズ」、「エキサイターズ」などでも活躍。卓越したテクニックから日本のリズムマシーンと評価される。後進の指導にも尽力した。

約10年前に脳梗塞で倒れ、闘病生活を送りながらも一年に数回のライブを開催する。2002年6月に幕張ベイタウンで「プレ引退コンサート」を開催する予定だったが、企画中に2度目の脳梗塞で倒れ、ジミー竹内を慕うプレイヤーだけでの演奏会となった。2005年の「ドラマー60周年記念・75歳の誕生祝いコンサート」を最後に公の場での演奏は無くなった。病床にありながらも常にスティックを手放さず、生涯一ドラマーを貫いた。

2009.12.29

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ファンの皆様へ

故ジミー先生の通夜、告別式等については以下です。

通 夜: 2010年1月4日 午後6時〜7時
告別式: 2010年1月5日 午前10時半〜正午
会 場: コムウェルホール高円寺
http://kouenji.comwellceremony.co.jp/
問合せ: 03-3967-4141


さすがにジミーさんだ。
先ほど来、色々なメディア関係者から連絡が相次いでいる。
通夜、告別式は普通だけど、やっぱり音楽で送ってあげたい。
今、そんな話をNさんとかSちゃんとかで協議中。

ちょっと落ち着いた頃に企画し、決まったらまたご連絡します。

2009.12.29

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ジミーの置き土産

今、このサイトが開設以来とんでもないアクセス数になっている。皆さんもちろん「ジミー竹内」という検索キーで訪問されている。僅か1時間ちょっとの間に500人以上の方がこのサイトに来られている。ジミーが偉大な人物だった証だ。晩年は闘病生活だったけれど、でも多くの方に愛され、多くのお弟子さんに愛され、素敵なご家族にも恵まれ、幸せな人生だったんじゃないかなあ。私も、そんな素晴らしい人と知り合えて、しかも、たいへん仲良くさせて頂いたこと、とても幸せに思っている。有難うジミー!

2009.12.30  01:15

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ぱーっとご陽気に!

ところで、昨夜(まだ2時だから正確に言うならば今夜)はジミーのご近所のお友達や、古いお弟子さんたちが、ジミーの追悼の会をいかに盛り上げるかというような話し合いを酒盛りしながらやっていたと聞く。昔話や、ジミーのエピソードなどで盛り上がったらしい。Nさんも電話の向こうでかなりご陽気だった。それでいいのだ。私も悲しくなんかない。あと何時間かすれば会えるんだもんね。ただ、ここ1年半くらいジミーに会ってなかったから、ちと照れるね。

前回会ったときの帰り際、私がクルマに乗って去ろうとしていたときに、ジミーがやっとの思いで階段の途中まで降りてきて、ずっと私の名を呼んでいた。「しばちゃーん、赤羽に飲みに行こうよ!」ジミーはそう叫んでいた。私は時々振り返ったけれど、ご家族がジミーを制止しようと必死だった。物凄く後ろ髪を引かれた。でも、戻ったらダメなのだ。興奮してまた脳梗塞になってしまう可能性があった。それが私とジミーの別れだった。

正月を挟んで通夜とか告別式だから、なんというかヘンな感じ。きっとジミーは、「葬式は旨い日本酒をつける代わりにちょっと高い会費にして、抽選会もやりたいな。」なんて色々心配してるんだろうな、きっと。まあ、とにかく格式ばったのは早いところ終わりにして、楽しく盛大に追悼の会をやりたいのだ。あ、それから、明日(もう今日だけど)はかつてのお弟子さん(女性)と一緒に伺うことになりました。

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ジミー竹内さんの家へ・・・

(12月30日夕刻、)行ってきました。

ジミーに久々に会った。
ジミーは、棺の中ではなく、普通に布団に横たわっていた。
物凄く美男子です。
本当にいい男です。
皺も無い。若返ったようだった。

よく死に顔を「まるで生きているようだ。」と褒めることがあるけれど、お世辞抜きでジミーは眠っているような安らかな顔だった。ご遺族の方とジミーの昔の写真を色々見て盛り上がっていたので、「うるせえな!」と起き上がって怒っちゃうんじゃないかとヒヤヒヤだった。

元お弟子さん、元ボーヤさんなどと一緒に飲みにゆき、ほぼ最終電車で帰宅。
偶然にも清家みえ子さん(お弟子さん)ともお会いする。
夜、遅くまで盛り上がった。飲んだ、飲んだ。

写真をたくさんお預かりしたので、後ほどスキャンしてファンの皆様へ公開する予定。少々お待ちを!!


このページの一番上の写真はザ・ピーナッツとの映画のひとコマ。
ザ・ピーナッツはジミー竹内が見つけてきて渡辺プロダクションに紹介、スターダムにのし上げた。以来、ナベプロが急成長。

2009.12.31  01:24



左: 12月30日の朝刊各紙がジミーの訃報を載せている。
右: ジミーの家へ行く前にNさん宅(クリーニング店)にお邪魔し、ジミーのビデオを鑑賞する。

左: この方がNさん。なかなかいい男だ。正式なマネージャーというわけではないが、ジミーとは仕事で全国に行ったそうだ。
右: ちょうど偶然にジミーの愛弟子の清家みえ子さんが来られた。

左: ジミーの遺影。脳梗塞になる前の撮影。
遺影がたくさんありすぎて、どれを祭壇に飾るのか迷ってしまいそうだ。。
右: 皆であれこれと写真を見ているところ。左から2番目がジミーさんの娘さんの美佐子さん。黄色い服を着た方がご長男。。



【ジミー竹内関連サイト(私の関連)】

ジミーに捧ぐ:
http://www.geocities.jp/baytown_oretachi/jimmy/jimmy_past.htm

ジミー竹内 還暦祝いパーティー(1990/7/1)
http://www.geocities.co.jp/baytown_oretachi/zaki/shibazaki_65jimmy.htm

ジミー竹内  ドラマー人生60年&75歳誕生パーティー:
http://www.geocities.jp/baytown_oretachi/zaki2/jimmy0625_02.htm

しばざ記:
http://www.geocities.jp/baytown_oretachi/

しばざ記(ブログ版):
http://baytown-ore.cocolog-nifty.com/


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2009/12/30
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